ID : 272
公開日 : 2006年 2月10日
タイトル
ソフト技術者から山仕事師に転身―山造り舎 後藤知之さん(44)
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新聞名
伊那毎日新聞
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元URL.
http://inamai.com/news.php?c=norin&i=200602101905260000007279
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元urltop:
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写真:
 
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 「木を斬るのは単純に言って面白い。百本斬っても一本として同じものはないですからね」 自宅の庭で薪を割りながら話した。雪の日。予定していた萱野高原近くでの山仕事は中止。「天気に左右される仕事なんですよ」と笑う。 木の太さ、枝ぶり、斜面の角度や方向―さまざまな要因が伐採作業に影響を与える。それを一本一本見極め、チェーンソーを入れる。「一本として同じものはない」という理由だ。
 山林管理、森林の育成・伐採などの施業診断、間伐、枝打ち―こうした作業を請負で行う山仕事師。測量士、県林業士、県グリーンマイスターなどの資格を持つ。仕事の3分の1が山主と直接相談して行う山仕事。3分の1が森林組合や林業会社の下請け仕事。残りが県のきこり講座やKOA森林塾などのインストラクターだという。
 8年前の98年、神奈川県から伊那に移った。以前は有名電子機器メーカーのソフトウエアエンジニア。全国展開するコンビニのカラーコピー機のソフトを開発したこともある。
 97年に、KOA森林塾を受講した。電子部品製造業のKOAが島﨑洋路元信大教授らの協力を得て山仕事の伝承のために行うセミナーだ。
 そこで島﨑さんの話を聞くうち、日本の豊かな森林が荒廃し手遅れに近くなっている実状を知って衝撃を受けた。縁もゆかりも無かったチェーンソーなどの使用方法も学び、山仕事を生業にしたいと思った。その翌年には、伊那にIターンし、島﨑さんの下で山仕事を始めたというわけだ。
 14年間ソフトウエア開発に励むうちに、自分が作る製品の社会的意味合いがしだいに見えてきた。それは同時に、「こういうものを一生作り続けるのだろうか?」という疑問がふくらむプロセスだった。最初は農業に関心が向いた。そこから次第に、水が生まれる上流へと関心が移って行った。患っていたアトピーの症状が、水を変えることで劇的に改善されることを体験したことも関係しているという。
 「山主に、自分の山にもっと関心をもって欲しい。自分の山の境界が分からない山主が多いような現状では、山の再生は難しい。僕たちの仕事も増えないですしね」
 都会の、最先端の仕事から離れ、森林を造ろうとする後藤さんのようは人は、この伊那谷に年々増え始めている。